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先日、京都は山崎の地を初めて巡ってきました。駅を降りると広がる大きな空!桜も満開で気持ちいー!サントリー山崎蒸溜所でウィスキー白州の原酒を。それがぶっ飛ぶほどのおいしさだったもんで、苦手と思い込んでたウイスキー世界をもっと楽しまなと強く決意。

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山崎駅からソフトクリームをほおばりながら急勾配の道をのぼると大山崎山荘美術館レトロ建築と安藤忠雄のモダン世界がブレンドした空間で、モネの名画や桜咲き乱れる庭園をぶらり。

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こんなに楽しみつつも、この日、山崎を訪ねた目的は観光ではなくて抗がん剤治療中の友を慰問するのが目的でした。サバイバーとして何かお役に立てればと彼女の体調が外出可能なレベルにまで戻ったタイミングに合わせて。

がん。今や決して珍しい病ではないし、もはや死に直結するものでもないけれど、抗がん剤治療の辛さはやはり体験した者にしかわからないことがたくさんあると思うから。

私は29才の時に卵巣がんを告知され、2度の手術と7回の抗がん剤治療を受けるというなかなか壮絶な経験をしています。治療を終えてはや 7年半の月日が経ち、幸い経過も順調なので今やすっかり「過去のこと」と思えているけれど、あの経験なくして今の私はないわけで。

今まさに病と闘っている友人に私から一番言いたかったことは「病になることは不幸なことばかりではない」ってこと。時が経った今だからかもしれないけど、本当に本当にそう思ってます。

病気がわかった時はもちろんとてつもなく悲しかったし、闘病中は不意に涙がこぼれる日々で、恐らく一生分の涙の90%はあの1年で使ってしまった気がしてます。自分の人生に当たり前に起こるだろうと思っていたことが当たり前ではなくなり、楽しい時も、ひいては人生にも突然終わりがやってくるんだってことも体感し。でもでもでも、だからこそ抱けるようになった、やさしくてまるい感覚みたいなものが確かにあるように思えるので。

もしそんな経験をしていなかったら、若くたってある日突然病になるってことも、人はいつ死ぬかわかんないってことも、もっとヒトゴトだったろうし、今よりずっと傲慢な人間になっていた気がする。途上国ベリーズに暮らした直後の出来事だったので、高度な治療を受けられる日本にいられることをラッキーとすら思った。

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私はがんの専門病院にかかっていたので、周りに同世代のがん患者もたくさんいて、いろんな気持ちを共有できたのもありがたかった。その中には、ひと足先に天国へ旅立ってしまった人だっている。だからこそ、まだもう少し生きてもええよと与えられた自分のこの命をどう使うかが、何をするにつけ自分の思考基準になっている、そんな気がしてます。

まだまだ自分の身体がどうなってしまうのか不安もいっぱいな闘病中の友に、私の時はこうだったよといろいろ経験談を話したりもしたけど、たぶんどんな言葉よりも彼女を勇気づけられるのは、7年経った今も私がこうして生きていて、やりたいことに挑戦できる日々を送れているというシンプルな事実なのかもしれないな、と帰りの電車で思った。

後日、彼女からもらったメール。

負けまへん!あの日、由紀子さんと過ごしてから、副作用で日々の生活に制限はあるけれど、生きることを
楽しもうと思うようになっています。私も病気して良かったって言いたいですし!

サバイバーであることが誰かのエールになるのなら、そんな肩書き(?)も悪くないなと思えた春のことでした。